帰る場所のことを最近よく考えるようになった。沖縄はわたしの帰る場所ではない。それは最初からわかっている。でも最近は帰る自分の部屋すら無くなっている。ここに住み続けることはできないなと気づいた12月以降、どこに行くのも不安がある。2日後には荷物が新しい部屋に移ることになる。一生懸命自分のすべきことをしたらいい、そう言い聞かせている。でも、今はまだ、生傷のままだ。

 

そんなことを考えながら過ごしているからか、ずっと過去のことを思い出している。沖縄に来る前、自分を変えたくて仕方がなかった。沖縄に来てから、たくさんの人がわたしを変えてくれたと思う。憧れ、追いつきたくて、必死に走ってきた。よくやったと自分でも思いたい。わたしは生き切った。ただ、これからもそうできるだろうか。もう友人にさえ、明るい顔をすることができないことが、たまに悔しくて仕方がない。

 

沖縄に来れてよかった。いろんなところに行けてよかった。

だが、もうわたしの形はない。どんな形で生きたらいいのだろう。

 

わたしの帰る場所はずっと自分の身体だけだと言い聞かせてきた。でも自分の身体すらも重たくなったら何を信じたらいいのか。鬱という言葉はあまりに重たく響く。最近は帰る場所があるのならは、それは未来だと思った。未来に、見たいと思う未来に帰る。そんなふうに生きていたい。ただ、まだそれを強く信じることが難しい。

 

埋めることのできない心にすら

光はどうかさしていてほしい